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2008年03月07日

I'm not shy anymore! (8)

おわりに

前回までの話はこちら
もっとあっけらかんとした、能天気な子だったら良かったのに。うちの子、やっぱりどこかおかしいんじゃないか。ここまでやらなくても、別にいいんじゃないか。日本人学校に入れれば解決するじゃないか。私は、娘の能力以上のことを娘に強要していないか。アメリカでもうまくやっていける娘であって欲しいと願うのは、単なる私のエゴではないか。これらは、いつも頭の中に渦巻いていたことでした。
友達迷いながらも、最終的に自分に言い聞かせたことは、自分たちに自信を持つという目的のための選択を常にしようということ、そして、母親の我が子に対する肯定・信頼感は、子どもにとっては非常に心強く大事なものなのだ、ということでした。私が娘について自信を失えば、娘も一緒に自信を失います。私が変われば、娘もきっと変わるのです。
そのためには、自分が感情に押し流されて、親バカになったり、逆に娘に過度に否定的になったりしてはならないし、娘が本当に出来ること・出来ないことを、努めて冷静に見極めなくてはいけません。
それが本当に実行出来たとは思えません。ただ、幸いにして、娘は何とか頑張り通し、今は本当に幸せそうです。「●●(←アメリカ人のお友だち)とお尻見せ合いっこしちゃった〜♪」などと、おどけながら笑顔で話す娘を見ていると、どうしてここまで深刻な話にならないといけなかったんだろう?と思うことすらあります。
最初に通ったナーサリーで娘が受けた評価は、まさに「劇薬」でした。思いっきりガツン!と来たので、非常に動揺しましたが、問題を真正面から受け止めて真剣に努力を重ねたからこそ、今があるのは間違いありません。駐在期間は元々2年間の予定でしたので、迅速に対応しなかったら、帰国までに何も成果が得られなかったかも知れません。でも、親もナーサリー側も、性急なことをせず、穏やかに娘の成長を見守っていたら、娘は精神的にもっと早く安定し、もっと早く適応し始めていたかも知れません。
つい先日、娘と英語で例の人形遊びをしている時、娘がクマのぬいぐるみを相手に、とても印象的なことを言っていました。
“ Little bear, I was shy a long time ago. But I’m not shy anymore. Don’t worry. You’re gonna be OK.”
この2年間の苦労が全部吹っ飛んでしまうような、素敵なセリフでした。過程はともかく、どうにかここまでたどり着くことが出来て、本当にホッとしています。これは、私たちの試行錯誤の記録です。同じような問題を抱えて、この文章を読まれた方は、どう考えられ、どう行動されるでしょうか。一助となれば幸いです。

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2008年03月03日

I'm not shy anymore! (7)

子どもは異文化に適応し易い?−私が理解していなかったこと
前回までの話はこちら
元気な女の子「子どもは、スポンジのように柔軟で、何でも吸収するので、異文化への適応が容易で、外国語もあっと言う間に習得する」とよく言われます。これは、本当でしょうか?
答えはYesであり、Noでもあると思います。その能力を子どもが持っていることは間違いないけれども、異文化において、子どもがその能力を発揮させるためには、子ども自身がリラックスできる精神状態が必須であり、その精神状態が生まれる時期は、子どもの個性によって、まちまちである、というのが、私がNYでの2年間を経て得た答えです。いち早く力を発揮出来る子どももいれば、残念ながら、能力が開花しないまま帰国する子どもも、きっといると思います。
しかし、2006年4月当時の私は、そのことがよく分かっていませんでした。
もちろん、安易な楽観主義者だったわけではありません。私自身、独身時代に、アメリカの大学のESLクラスで英語を勉強した経験がありますし、2006年9月から、NYの大学で大学院生として勉強を始めており(現在は休学中)、むしろ、異文化の中で生きることの厳しさは、よく分かっていたつもりです。ゆえに、娘に対しては「辛くて当然。でも努力すれば結果はついてくる。乗り越えられないでどうする?辛くったって頑張るべきよ。」という厳しい態度をとっていました。
私が分かっていなかったのは、自分と娘の違いでした。それは、大人と子どもの違いとも言えると思います。大人なら、自分への批判や逆境での苦しさをバネにして頑張ることも出来るけど、子どもは、精神的に辛いと、自分の力が全く発揮出来なくなってしまうのです。
異国の地で、どうやったら精神的な安定を子どもに与えることが出来るのか。日本語の世界・日本人の世界に子どもを囲うことで、安定を作ろうとする方法も、確かにあるでしょう。でも、それは違う、と思っていました(この点についてだけは、今も全く後悔していません)。私は、あえて娘を突き放し、アメリカにさらし、苦労させました。それを乗り越えられなければ、真の安定は得られないし、いつまでたっても自分に自信が持てる人間にはなれない、と思ったからです。
でも、たった4歳の、心配性で内向的な娘にとっては、それが例え正論であったとしても、辛すぎたんだな、と思います。最終的に何とか乗り越えてくれたから良かったものの、私は、もっと早く、娘に対して肯定的になるべきだったのでしょう。甘やかすのとは違う、本当の意味での励まし。それが、娘の精神的な安定を支えるのに、何よりも必要なものだったのでしょう。
次回 おわりに へ続く
James

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2008年02月29日

I'm not shy anymore! (6)

キンダーガーテンでの娘の様子
前回までの話はこちら
キンダーガーテン現在娘は、公立のキンダーガーテンで、幸せな時を過ごしています。最初の2ヶ月は、「アメリカ人のお友だちと遊びたいのに、遊べなくて悔しい。誰も、『一緒に遊ぼう』って誘ってくれない!」と、家で毎日毎日泣きじゃくりました。
実は、これはちょっとした進歩でした。前のナーサリーでは、自分からアメリカ人のお友だちに近寄りたいなどと言うことはなかったからです。そこで、担任の先生に相談したところ、先生はすぐに「バディ制度」を導入して下さいました。
週に1回か2回、クラスメイトを2人ずつのペアにしてお互いを「バディ」と呼び、バディ同士は、1日一緒に行動し、面倒をみあいます。もちろん、バディをほったらかしにして、自分が大好きなお友だちのところに行ってしまう子どももいますが、責任感の強い子どもは、一生懸命バディとしての役割を果たそうとします。
娘は、この制度に救われました。娘の性格からして、いろいろなタイプの子に自分から近づいていくことは本来とても難しいのですが、バディ制度は、娘にその機会を与えてくれました。娘は、クラスの中で、自分とよく似た性格のお友だちを2人見つけました。今では、この仲良し3人組で、いつも一緒に遊んでいます。
また、英語力が伸びました。これまでの努力の成果だけでなく、学校のESLクラスで、毎日授業を受けているのが、大きいと思います。特に、リスニング・リーディング・ライティングについて、目覚しい進歩を感じます。
例えば、この年代の子向けの英語の絵本であれば、1度読んで聞かせるだけで、殆ど内容を聞き取り、理解します。授業中の先生の指示も、よく理解しているようです。また、英語のアニメ・ドラマ・映画・ミュージカルを喜んで観るようになり、親が聞き取れなかった部分を説明してくれたりすることもあります。
会話力と英単語のボキャブラリーがある程度出来てきたので、単語の綴りを知らなくても、フォニックス(単語の読み方を発音と関係づけて教える音声学)を使って、読んだり書いたり出来るようになりました。読む際は、単語を構成するアルファベットをとりあえず発音し、自分のボキャブラリーを連動させて、その単語が何であるか推測します。書く際も、自分が普段話している言葉を、同じくフォニックスを使って、文字にしていきます。英単語は、フォニックスに100%対応しているわけではないので、単語の綴りは間違っていることが多いのですが。娘が現在やっていることは、英語を母国語とする子どもたちが読み書きを覚える際に必ず通る、発達の過程と一致します。私たちが子どもの頃日本の学校で習ったやり方(まず単語の綴りを暗記して、読んだり書いたりするやり方)と決定的に違うことに、驚きます。
担任の先生やESLの先生は、娘について、
・完璧主義で、間違いを恐れ、自分から発言することがあまりなかったが、最近は発言し始めた。(本人も最近「間違えても今は平気だよ」と家で言うようになりました。)
・勤勉さ、真面目さ、性格の良さ(優しくて穏やか)を評価している。
・教師の指示をかなり理解している。
とおっしゃっています。改善すべき点はもちろんありますが、とにかく、娘が「異常」だと疑われることは、今はもうありません。体育の成績も全てexcellentで、お友だちと一緒に、ふざけ合ったり笑い転げたりする、子どもらしくて元気な娘です。
 よい日本人のクラスメイトとその親御さんに恵まれたことも、幸いしました。どの親御さんも、皆海外生活の経験が長く、その経験に基づいた哲学をお持ちです。よく批判される、日本人同士の親密過ぎる関係はありません。子ども同士も、普段からとても仲良しで、いろいろな場面で助け合いますが、クラスの中では、日本人だけで固まることはありません。
次回 子どもは異文化に適応し易い? へ続く
James

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2008年02月26日

I'm not shy anymore! (5)

こんな女の子になって欲しい−娘は娘のままで大丈夫

前回までの話はこちら
親子無我夢中で努力する日々が続きましたが、やがて私たちは、モデルにしたい!と思えるような方々に、ようやくお会いすることが出来ました。
決して社交的ではない日本人のお嬢さんが、在米2年程で、アメリカ人のお友だちを大事にしながら、ミドルスクールでの学生生活を楽しんでいらっしゃるのです。
そのお嬢さんは、アメリカでよく見かける、「妙にアメリカナイズされた日本人の女の子」ではありません。優しく、礼儀正しく、どちらかと言えばはにかみ屋さんで、良い意味での「日本人らしさ」をしっかり残していらっしゃいます。うちの娘も、こんなふうに成長してくれたら、と思えるような、それは素敵なお嬢さんです。
お話を伺うと、やはりアメリカに来てしばらくは、性格のせいもあって、悔しく悲しい思いをたくさんしたけれど、英語が聞き取れ始め、やがて話すことが出来るようになってから、劇的に世界が変わっていった、仲良しのアメリカ人のお友だちが出来たらなおさら、こちらでの生活が楽しくなった、ということでした。
彼女の経験談自体は、特別目新しいものではありません。しかし、本当に目指したいと思える具体的なモデルが身近に出現したことで、急にパーッと道が開けたような気がしました。この頃から、私は、娘を肯定的に見ることが出来るようになりました。一体私は、何と娘を比べて、必要以上に娘を卑下していたのだろう?私が戦っていたのは、私の心の中の「海外で成功する子ども・人間のステレオタイプ」なのではないか?と思い始めたのです。
娘の個性を全否定しないといけないのか、というところから始まったのに、だんだんと、娘は娘のままでも、きちんと受け入れられるし、やっていけるんだ、と思えるようになったのは、私にとっては、とても大きなことでした。
また、英語力が鍵であることも、改めて確信しました。娘の性格が、今の環境で不利に働いていることは明らかです。もしかしたら、帰国の日が来ても、アメリカ人のお友だちに、自分から近づくことが出来ないままかも知れません。でも、英語の上達だけにとりあえず集中しよう。子ども同士でコミュニケーションを取れる位の英語力を娘につけさせよう。いつか娘が「ちょっとアメリカの子に話しかけてみようかな」と思った時に、その英語力が役にたてばそれでいい。それなら、私たちにもきっと出来る。娘は、特に飲み込みが早いという方ではありませんが、集中力や忍耐力は十分です。私と2人で英語の勉強をするのも、結構好きなようでした。私は、一層英語力の強化に力を注ぐようになりました。
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James

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2008年02月21日

I'm not shy anymore! (4)

私たちが取り組んだこと−自信を取り戻そう

前回までの話はこちら
暗中模索の状態ながら、私たちがやったことは、娘の基本的な能力を専門家の先生から検査してもらったことと、英語力の強化でした。これらのことに取り組むことによって、私たちは、自分たち自身に何とか自信を取り戻そうとしていました。
お母さんと女の子検査をすれば、娘の長所・短所が分かります。検査で分かった短所を直すだけでなく、娘の長所も、是非ナーサリーの先生に理解していただきたいと思いました。それをただ言葉で伝えるよりも、専門家が作成した書類で示すことが出来れば、より効果的なはずです。検査の結果、予想どおり、娘の基本的な能力に問題ないことが分かり、その結果をナーサリー側に示したことによって、彼らの娘に対する見方を、大分変えることが出来ました。
英語力は、快適に生活していく上で、どんな子どもにとっても、絶対必要です。アメリカ人の先生(日本に長く滞在された経験をお持ちで、日本語が堪能でいらっしゃいます)を紹介していただき、2006年11月から、週に1回のペースで通い始めました。現在は、さらにもう1人の先生から、隔週で英語の勉強を見ていただいています。
また、私と娘は、家で人形遊びをするとき、英語を使い始めました。娘と英語で会話することに、実は私自身とても抵抗があったのですが、人形遊びというシチュエーションでなら大丈夫だと分かってから、楽に話せるようになりました。この作戦は、娘の会話力の向上につながりました。
 私は、大学院での勉強をスローダウンして、娘の問題解決に全力を注ぎました。娘の悲しそうな顔を見るのが、私には耐えられませんでしたし、何としても、娘を今の状況から脱却させたいと思いました。前記の他にも、英語の絵本を暗誦させたり、ナーサリーの先生に話すセリフを暗記させたり、英語のテレビを一緒に見ながら通訳してやったり等、英語漬けと言っていい位の状態を作りました。
次回 こんな女の子になって欲しい へ続く
James

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2008年02月18日

I'm not shy anymore! (3)

奮闘開始−プレイデートで何とかなるの?

前回までの話はこちら
プレイデートあの頃は、具体的にこの状況をどう打破すればいいのか、全く見通しが立ちませんでした。インターネットで色々検索してみても、娘のような性格の子が参考に出来るような、苦労したけど、こうやって頑張って上手くいったよ!という経験談は、私には見つけることが出来ませんでした。
当時の担任の先生は、クラスメイトの子どもと、ナーサリー以外で個人的に遊ぶ時間を持てば(プレイデートをすれば)、今より親密な関係が生まれ、もっとナーサリーで快適に過ごせるようになるだろうと言っていました。
確かに理屈は分かります。しかし、普段特別親しくもないのに、しかも、娘のように、自分から友だちに近寄ることが苦手な子どもが、上手くプレイデート出来るものでしょうか? でも、先生もああ言ってることだし、親が誘導すれば何とかなるのでは、と、何度かアメリカ人の子どもとプレイデートをしてみましたが、結果的には、子ども同士を遊ばせるために、私が(多分相手側も)ヘトヘトになり、素直に「楽しかった!また遊びたい」と思えるようなプレイデートにはなりませんでした。相手のお友だちに「○○(←娘の名前)は僕と遊びたくないんだ。何も言わないし、一人でおもちゃで遊んでるんだもん!」と言われ、しょんぼり帰ってきたこともありました。
次回 私たちが取り組んだこと へ続く
James
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2008年02月14日

I'm not shy anymore! (2)

ナーサリーでの苦い経験

後姿の女の子前回までの話はこちら
2006年の5月から1年間通った現地のナーサリーでは、娘は、アメリカ人のお友だちと、最後まで本当に心を通わせることはありませんでした。
娘は、実際の年齢よりも大人びており、優しく静かで、争いを好まず、聞き分けが良い子どもです。日本では「落ち着いていて、賢いお子さんですね」と言われていましたし、私たちも、そんな娘の性格を、とても好ましく思っていました。
しかし、アメリカでは勝手が違います。例えば、物怖じしない性格で、言葉が通じなくても、自分からアメリカ人のお友だちと積極的に関わろうとするとか、飛び抜けて頭脳明晰であるとか、運動神経が抜群だとか等、アメリカ人の先生やお友だちにとって、目に見える、分かり易い長所を持っていれば良かったのでしょうが、残念ながら、娘の場合はそうではありませんでした。当時の娘は、単に「消極的」「愚鈍」「いくじなし」と見られたと思います。
娘は、2006年の11月頃から、登校拒否状態に陥りました。ナーサリーに行っても、教室の真ん中に突っ立って、ボーッとしたままだったり、ささいなことで泣いたりしました。日本人のクラスメイトと一緒にいると「ノージャパニーズ、スピークイングリッシュ!」と先生に注意されるので、「先生に怒られる。怒られたらどうしよう?」と常にビクビクするようになり、先生から何か尋ねられても、怖がって返事をしなくなりました。校庭でも、活発に動き回るクラスメイトとは対照的に、じっと砂場に座り込み、砂をいじっているだけでした。ストレスのせいか、4歳にして、帯状疱疹にもかかってしまいました。遂には、ナーサリー側から「認知能力・言語能力・運動能力の検査をしたらどうでしょうか。お嬢さんには特別なプログラムが必要です」と言われた位、ひどい状態でした。
自分から進んで出て行くような子でなくてはダメなんだな、娘のような性格の子は、アメリカではうまくやれないんだなと、親として、とても悲しく思いました。そして、娘の長所だと今まで思っていたことさえ、全く価値のないもののように思えてきました。
次回 奮闘開始 へ続く
James
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2008年02月11日

I'm not shy anymore! (1)

はじめに
はじめまして、Jamesです。2006年の4月に、主人の仕事の都合で、当時3歳の1人娘と共に、家族3人でNYへやってきました。2008年の3月末に、早くも帰国します。あっという間の2年間でしたが、有意義な時間を過ごせたと思っています。
ここでは、現在5歳になった娘の、アメリカのナーサリー・学校での悪戦苦闘ぶりと、それを通し、母親である私が学んだことを、紹介させて頂きます。
キューピット娘は、2006年5月から約1年間、現地のナーサリーに、そして、2007年9月からは、現地の公立のキンダーガーテンに通っています。石橋を叩いて叩いて、叩きすぎて壊してしまう程の、無類の心配性・慎重派です。そんな娘が、こちらでどんなに苦労したか、容易に想像していただけるかと思います。
NYで過ごした2年間を振り返って文章につづりました。
全8回、どうぞお付き合いください。
次回 ナーサリーでの苦い経験 へ続く
James
posted by ぴっぴ at 08:58| Comment(0) | アメリカ-2

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